聖なる魔女のひそやかな愉しみ

作者自らが『還り着く場所』のジルジャン二人による愛の営みを綴るセルフパロディシリーズ、その3です。

今回、アンケート結果を受けて、作者が全力でマニアックな趣味に走った内容になっています。
聖女のおかげで、われらが元帥閣下が割と酷い目にあってます。

女性向けというよりは、殆ど男性向けに近いシチュエーションかもしれない。
このシチュは男性向けでは比較的よく見かけるジャンルなんですが、逆パターンはあまり見かけないんですよねー……美味しいのに。だから書きました。(真顔)

マニアックシリーズについては、あと2本構想があるので、これを読んでも大丈夫だった方は、また気長にお待ち下さい。

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白百合を抱くハイペリオン(3)

壮麗な聖堂に隣接した僧房の一室。
人目を憚るように、予め整えられたその場所で、男はその時が訪れるのを静かに待っていた。

窓から差し込む光は、長らく暗闇の中で過ごしてきた身にはまだ眩しく、素足を包み込む毛足の長い絨毯の上もどこか居心地の悪さを感じる。
かつては当たり前のように享受してきたものが、今の自分にはあまりにも遠く縁のないものになってしまった事に、男は内心苦笑していた。
それほど、彼が人間らしい扱いを受けるのは、久しぶりの事だった。

髪は一筋残らず白くなってはいたものの、まだごく若い……青年といっていいであろうその男は、いささか線が細過ぎる印象はあったが、湯浴みを済ませ、清潔な衣服に袖を通して佇む姿は、回廊を往来している同年代であろう神学生とは明らかに異なる空気を纏っていた。

隙の無い物腰に漂う気品と風格──そして覚悟。見る者が見れば、女性的な優しい面差しの中に納まる碧い目が、男の出自を如実に語っている事に気が付いただろう。
いかにその横顔が深い知性を感じさせるものであったとしても──彼は伽藍の中で教えを説く者ではない。戦場に生きる騎士であると。

ゆえに、男の前に訪れたその司祭は──男の素性と真の姿を知る者は、敬意をもって彼に応じた。
一礼の後、ここまで大切に運んできたそれを、掲げるようにして目の前に差し出す。

「……これは?」

──半年にも渡る過酷な虜囚生活の末、人として持ち得たあらゆるものを剥ぎ取られ、果ては己が名乗るべき名前すら失った男に渡されたのは、たった一枚の皮羊紙だった。

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白百合を抱くハイペリオン(2)

使徒の一人であるペトロをその起源とし、キリスト教の総本山として世俗に対し威容を誇る教皇庁はサン=ピエトロ大聖堂。

多くの聖職者が出入りするこの一大宗教都市とも言える場所の中でも、取り分け限られた人間しか立ち寄らない区域。
そのいずことも知らぬ場所のいずことも知らぬ部屋で、何人かの司祭と思わしき僧服に身を包んだ男達が円卓を囲んでいる。

いずれも聖職者としては比較的若い。
中でもそのうちの一人は緋色の衣──枢機卿位にある事を示す貴色を纏っていた。

「奴の独断専行は今に始まった事ではないが、さすがに今回の件については度が過ぎている」
「アイツ、フランス王との約束を反故にしやがって。
俺達の面子にも泥を塗りやがった」
「ただでさえ僕らの存在を煙たがっている聖職者は多いのにね」
「それだけではない。
彼女を確保出来なかった事で、我々は何より貴重な〈知識の源泉〉に触れる機会を永久に失った」

それぞれがここにはいない「誰か」について怒りをあらわにし、あるいは失った「何か」の大きさを思って嘆いている。

「やはり奴の扱いについて、そろそろ真面目に考える頃かもしれないな」

緋色の衣を纏った青年が呟いた。

「我々〈神の御剣〉はあくまでも神の子たる善良なキリスト教徒の為に神秘を実践する組織だ。
人の脅威を討つべき者が、人の脅威となるべきではない」
「まあ、建前っちゃ建前だけどね」
「しかし、たとえ建前に過ぎなくても、最低限遵守しなければならない規則を敷かなければ、組織の秩序は崩壊する」

同席者の明け透けな意見を窘めてから、若い枢機卿は宣言した。

「良い機会だ。
今後、我々にとって真に価値があるのは〈彼〉か、それともやはり奴なのか……見極めようではないか」

沈黙。
それは彼等にとって「依存なし」という暗黙の了解が成立した事を示していた。

◆◆◆

都をおわれ、長らく辛酸を舐める日々を送っていた王太子シャルルの下に、伝説に謳われる奇跡の乙女──ジャンヌ・ダルクが現れてより2年。

尊き聖女に導かれた軍勢により成し得た要所・オルレアンの解放を経て、悲境の王太子がランスでの戴冠を果し、フランス王シャルル七世として即位した後も、王国の利権を巡る策謀と闘争は未だ終わるところを知らず。
人々思惑に翻弄され虜囚となった乙女が、炎の中へと消えてからも、フランスが真の栄光を取り戻す為の戦いは続く。

──そう、〈彼〉にとって真の戦いが始まるのはむしろこれからである。

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「君は随分と軍備に金をかけているのだな」

──1429年6月。
マラドゥルリーの地に揃った勇壮にして華麗な騎士団を目にして、リッシュモンは思わず感歎の声を上げたものだ。

「人材もまた資産です。
技術と才能は時間をかけてつくられるもの。一朝一夕で最強の軍団を作る事は出来ません。経験を金で買う事は出来ないのですから」

さも当然と言うように。青年は気負う事無く目の前の大元帥に言った。

「私が彼等の中に宝を見出し、それに正当な対価を支払うからこそ、彼等もまた誇りを持って私の期待に応えてくれる。
人は誇りと共に在る時、決して光を見失う事は無い。
今のフランス軍に最も足りないのは、人としての深い誇りとそれに伴う強い意志です。
我々、上に立つ者は、己を慕ってくれるものに、パンと娯楽ばかりではなく、人としての誇りを与えなければならぬのです」

そんな考え方をする人間に会ったのは──ましてやそれを堂々と自分の前で口にした人物は、〈彼〉が初めてだった。

「……閣下は随分レイ男爵を評価されているようですが、それは如何なる理由で?」

執務室を出る際、自分に長く付き従う側近が不思議そうに問いかけるのに、リッシュモンは微笑んで、

「この私の話を夢物語だと嗤わずに耳を傾けてくれる、唯一の友だからだ」

側近が目を丸くするのにも構わずに、答えたのだった。

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