たとえどこにいようとも(1)

──たとえどこにいようとも
──どのような時であろうとも

おまえのことは俺が必ず見つけるから
そしてきっと──

■■■

多忙を極める時は分刻み……どころか並行処理の公務も少なくなかったはずだが、そんな常人には考えられないような刻と刻との合間を縫って、そいつは行き先を告げずにふらりと居なくなる事があった。

……まるで自分を試すかのように。

今日も今日とて、視察先の迎賓館を抜け出して、忠実な側近の前から行方をくらました宇宙で最も実務能力の高い皇子様は、郊外にある湖を即席スケートリンクにして、子供たちのヒーローになっていた。

「──さあ、括目して見よ!
ギアナ高地で修業を積んで明鏡止水の境地に至り、メキシコのピラミッドの上のアルミのようなものに触れる事で完成したこの四回転ジャンプをッ!」

最近、移動の合間に何を熱心に見ているのかと思っていたら……こういうネタを仕込んでいたのか……
何やら極みに達したらしい口上と共に、見様見真似の付け焼刃とは思えないほどの貫録で、氷上の魔皇──こいつの場合、比喩でもなんでもない──は小さなギャラリーを魅了する。

「すごーい」
「おにいちゃんすごーい」
「……ああ、すごいな」
「すっごくまわるよ!」
「すっごくすっごくまわってるよ!」
「……そうだな。すごくまわってるな。
だが、回転し過ぎてまた人類からはみ出しかかってるぞ……だからいい加減にしとけ!そこの芸人皇子!」
「……あ、シード……っと!
──もう!あっぶないなぁ!いきなり進行方向に現れないでよ!
おかげで今トリプルアクセルで変な着地の仕方しちゃっただろ!腰がぐきって言ったよ!ぐきって!」

本来の身体能力を使えば簡単に回避出来たであろう『事故原因』の自分に向かって、秀麗な顔が悪態をついてくるが、その視線は言葉とは裏腹に何の負の感情ものせておらず、人懐っこい光を宿している。
……その気になれば、眼光だけで人を殺せるような男なのに。
こうしていると本当に人畜無害というか……実に普通……でもないが、地上を探せばそれなりにいるであろう『神に愛された稀有な天才』の一人ぐらいにしか見えない。

「言ってない、言ってない。
まったく……生身で大気圏突入出来る骨格持ちの奴が何を言う……
そもそもお前今トリプルじゃなくて四回転半まわってたから。子供の目はごまかせても俺の目はごまかせん。残念だったな」
「なんだよ、もう少し心配してくれてもいいのに。ねー?」
「「「ねー」」」

相変わらず、子供を手懐けるのが上手い奴だ……最も、こいつの場合、存在自体を蛇蝎のごとく嫌っている連中以外は、軒並み笑顔一つでコロッとだまされてしまうのだが。
とはいえ、かく言う自分もそんなこいつに絆されたうちの一人だから、あまり皮肉も吐けたものではない。

しかし、こいつの『保父さんごっこ』にはほとほとまいっているというか……正直勘弁して欲しい。
少し目を離すと、すぐこれだ。
この間もいきなりいなくなったかと思ったら、『突撃隣のマジックショー』が開催されていた。
その前は『いきなり鬼面ライダーショー』だったか。
その度に巻き込まれる俺の身にもなってみろ。
俺は誇り高い皇立国防軍の将校であって、決して怪人チョッカーではない。

深々と一つ溜息をついた後、言う。

「お前は息抜きが出来ていいかもしれないが、『普通の』国賓がこんな真似をしでかしたら、周りの人間は卒倒ものだ。
言っても無駄だとは分かっているが、少しは自分の立場を弁えろ」
「でも、君は必ず探し出してくれるだろ」
「……まあな」
「だからいいじゃないか」
「……よくないだろ」

「あーあ」と大仰な身振りで伸びをした後、銀盤の即席ヒーローは名残惜しそうに子供たちに別れを告げた。

「ごめんねみんな。
僕、恐いお兄ちゃんが迎えに来たから、もうおうちに帰らないとといけないんだ」
「えー」
「そうなの」
「うん。でもまたきっとここに遊びにくるからさ」
「ほんとう?」
「ほんとに?」
「うん、やくそく」
「やくそく!」
「じゃあね」
「ばいばい」
「きっとね」

「また俺が悪者か……」
無邪気な笑顔の群れに力いっぱい手を振った後、背を向けて二人、歩き出す。
……『魔術』というものに馴染みのない世界にいる彼らの目の前で、『空間転移』をするわけにはいかなかったからだ。

「……こうやってさ、自分にはっぱかけておかないとさ、駄目なんだよね」
連れ立って歩く男が、ぽつりと言った。

「ここに実際に生きている人達の顔を見て『感じて』おかないと。
僕達がミスをしたら、今歩いているあたりは全て消え失せて真っ平になる。
欲にかられた馬鹿な奴等が悪魔に魂を売ったせいで、何の関係もない人達が巻き添えになるんだ」

すぐ隣を歩いていたはずの人懐っこい子供達のヒーローは、既に自分のよく知っている有能な指揮官に戻っていた。

「そんなことが許されていいはずがない」

ここではない場所の誰かを見据える紫紺の瞳には、ついさっきまでの春の日差しを思わせるような温もりは失せ、凍てついた刃の輝きが宿っている。

件の〈悪魔〉は、元をたどれば〈本国〉の軍属だった。
与えられた役目を粛々とこなしていればいいものの、野心のあるものをそそのかして、〈本国〉の軍事機密の一部や高度な魔術理論を与える事で、各地に火種をばらまいていた。

そしてそいつは、出自にいわくのある自分達の新しい主に、頭を垂れる事をよしとしていなかった。

「……ああ、そうだな。
俺達『ヒーローのお兄ちゃん』が頑張ってやらないとな」

おそらく。
こいつは、今回の件で自分に責任を感じているのだろう。
いつも飄々としているようでいて、こいつが実際は自分以上にクソ真面目で思い詰めやすい性格なのはよく分かっていたから、らしくもなくおどけて言ってみた。
だが。

「……お兄ちゃんね……」
その口元に吐息と共に零れた微笑みは、どこか皮肉げな影を帯びていて。
「……僕も本当は……人間だったら、あの子達と同じくらいの年齢なんだけどね……」
「………………」

人と天魔の時の流れ方は違う。
人と同じように幼少の時を過ごし、『成長』という過程を経てその存在を完成させる天魔もいない事はないが……多くの天魔は最初から確固たる使命と力とを帯びた上で『世界』に降り立つ事の方が多い。
永い時を検見してきた天魔は確かに尊敬されはするが、何よりも実力がものを言う社会だ。いわゆる『年齢』でその役目と存在が測られる事はまずない。

実際、自分は意志をもってこの宇宙に現れてまだ半世紀も経過していないが、そんな自分の数十倍、数百倍の時を渡ってきた同族であっても、位階が下のものはいくらでもいるし──また、自分より若くても遥かに重責を担う力を持つものもいる。

それが、目の前の男──自分の直属の上司であり、また唯一の『親友』である〈全知神〉の御子──〈本国〉の次期総帥と目されている皇太子、セイクリッド=ダーウェル=アフラロイドであった。

求められるだけの職務をこなせる能力は十二分にある。
だが、人間の腹から生まれ、その命が約束される過程において偉大なる〈全知神〉の力が奪われた事が、本来歓迎されてしかるべきその存在に影を落としていた。

「……ああ、ごめん。それを言ったら君だって僕とそう変わらない子供だものね。
えっと……確か僕より二個上だったから……」
「俺は生粋の天魔だ。お前とは違う。年齢は関係ない」
「そうか。そうだったね……どうも僕は人間としての感覚が抜けないものだから……悪かった。
馬鹿にするつもりはなかったんだ。許してくれ」
「だから別に謝る必要はない」
きっぱりと言ってやった。

「確かに俺とお前は違う。
俺は最初から力を持った天魔としてこの世に生まれ、お前は守られなければ生きていけない人間として育てられた。
だが、たどってきた道はどうであれ、今はお前は俺の上官だし、それを俺は認めている。
そして、ここまで生きてきた世界が違うからこそ、俺にもお前にも、それぞれにしか見えないものがあるのだろう。
お互いに足りなくて、お互いに与えられるものは、分かち合えばそれでいいんじゃないか」
「…………」
「別にお前はそのままでいい。そのままの方がいい。
そのために俺がいる」

ひとしきり語った後、相手がぽかんとしているのに気が付いて、自分は何かそんなに恥ずかしい事を言っただろうか、正論を言ってまでではないかと眉根を寄せて見返していると、呆けていた我らが殿下はにんまりと人の悪い笑みを浮かべた。

「そのままの方がいいか……じゃあ、これからもシードには頑張って僕を探してもらわないとねー」
「なっ……
それとこれとは話は別だ!」
「僕にとっては同じ話だよ。
チョッカー役が嫌なら、今度は君が鬼面ライダー役でいいからさ」
「そういう問題でもないッ!」

心底おかしそうにそいつは笑った後、ふいにまた真面目な口調になって言った。

「……必ず探してくれよ、シード。
待っているからさ」
吸いこまれそうに深い紫紺の瞳に、切とした光が揺れていた。
「無論……我が君が望むのであれば、何があっても必ず」
「……ありがとう……信じてるよ」

安心したように微笑んだ。

なんだよ、お前。そんな顔して。まるでこれから本当にどこか遠くへ行ってしまうみたいじゃないか。

──結局、言葉には出すことはなかったが。

ただ、今思えば、ここで自分は根本的に勘違いしていた部分がある。
「自分に発破をかける為」……確かにその言葉自体に嘘はなかっただろう。
だが、それ以上に、こいつがやたら頻繁に何も知らない子供達の下に出かけて行ったのは、単純に自分と同世代の人間と遊びたかっただけなのかもしれない。
少しでもその片鱗を味わってみたかったのだろう。何もなかったら、ごく自然に自分も混ざっていたかもしれない、ごくありきたりなはずの、でも実際にはどうしようもなく遠くまぶしい光景を──

こいつにとっては、その身に帯びるあらゆる権威を超越する地位を表す肩章より、小さな手に握られた玩具や泥団子の方が、よほど輝かしいものに見えたのかもしれない。

その頃から、もう薄々感じてはいたものの、ただ、自分は気が付かないふりをしていたのだと思う。
お互いに理解をしているつもりで、その実、肝心なところですれ違っていた感情と思考に。

それ故に、二人でただ上を目指して昇っていたはずの階段の足元は、築いてきたはずの未来への道筋は、少しずつ崩れ始めていた。

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